タイトル

■旅客とのふれあい■

 まだ入社して間がない頃は、旅客に対する感謝の気持ちなんてあまりなかったような気がします。仕事に対する気概も小さかった。駅員という立場で現場に配属された筆者は、駅の仕事というものが、外から見ているよりもはるかに大変で、覚えることがたくさんあって、でもその1つ1つがゲームみたいで、なんでこんなことやってるんだろうって。こんな気持ちで仕事に臨む筆者などに賃金を支払う会社も、ご苦労なことだなぁ、そんな感じでした。
 テレビなんかのインタビューで、働く人たちが、客や取引先に喜ばれた時がいちばん幸せです、とか答えているのを見ると、少しバカバカしかったり。
 でも、労働者として歳月を重ねるうちに、会社よりも何よりも旅客への思いが大きくなって行きました。旅客に喜んでもらえると嬉しい、本当にそれを実感できるようになりました。
 都会を走る電車は、通勤通学用のイメージが大きくて、ラッシュアワーが仕事のメインになります。旅客はみんな忙しくしていて、イライラしてるみたいで、けっして楽しそうに旅行してはいません。それでも、乗車区間が長くなくても、旅行は旅行で、鉄道を利用する客は旅客と言います。
 通勤通学用の車内では、人間のいちばん汚い面が出る、なんて言ったベテランの先輩がいました。なるほどそうかも知れない、そう思いました。座席を奪い合い、他人を押しのけて先を急ぎ、みんな恐い顔をしています。駅員にもしばしば暴言をぶつけて来ます。
 客であるという立場にあぐらをかいて、駅員に言いたい放題、そんな人も少なくありません。おれたちは客の酒の肴か? なんていう同僚の言葉も、その通りだと思いました。
 でもね、ある時ふと思ったんですよ。たくさんの旅客のほとんどは良い人たちで、でなきゃ鉄道の営業形態は成り立たないって。鉄道の利用ってほとんどセルフサービスじゃないですか、自動化がどんどん進んだ最近ではとくにですよね。旅客のマナーと良識で運営されてるわけですよ。
 販売機で切符を買って、改札機にそれを通して、自分で電車に乗って自分で降りて、たいていの場合、鉄道員と言葉を交わすこともなく旅行を終える。大勢の人たちがルール違反をしてたら、鉄道は機能しなくなってしまう。
 良くない旅客はほんの一部なんだ、悪行は目立つから、ついつい良くない客ばかり目についてしまうだけなんだって、そんな当たり前のことに気づくのに、何年もかかったりしましたね。周りは誰もそんなこと教えてくれないし、「客はアホばかりや」なんて言ってる人間ばかり出世して監督職とかになって行くし。
 人間社会は、ほとんどが良い人で、その人たちの良識で成り立っているのに、悪人ばかりがマスコミをにぎわせて、悪徳業者や悪徳政治家ばかりが儲かって……。鉄道の現場は、まるで人間社会の縮図です。

子供たちに手を振ろう

 小さな子供たちは好奇心いっぱいです。電車が好きか嫌いかはともかく、電車のいろんな所を目を輝かせて見ています。我々乗務員も、彼らの興味の対象のひとつのようですね。車掌の仕事、運転士の操業を無心に見つめています。かなり照れます。
 多くの子供たちが、駅を発着あるいは通過する電車に対して手を振ります。でも電車は応えてくれません、寂しい話しです。なのでチャンスがあれば筆者は子供に手を振り返すようにしています、電車の代わりにね。
 子供たちの中には電車だけに目を奪われていて乗務員が手を振り返しても気づかないことも多いです。でも気づいた子供は、次からは乗務員に対して手を振るようになります。
「運転士(または車掌)さん、バイバーイ」なんて声をかけられると、たいへん幸せな気持ちになります。たとえブルーな気分でいたとしても、心にでっかいスマイルが浮かび上がります。爽快な気分で安全運転ができます、おおげさな意味じゃなくてね。
 しかし子供に手を振るのは意外に難しかったりします。人の多いホーム上で、ひかえめに手を振る子供を、動く列車の中から見つけるのは容易じゃありません。間近に接近して見つけた時にはすでに遅く、列車はその場を行き過ぎてしまいます。
 手を振っているのに乗務員に無視された子供は、きっと傷つくことでしょう。応えることができなかったこちらも胸が痛みます。
 動いている電車の乗務員に対して手を振る時は、なるべく早めにそして目立つように振ってくださいね。とは言え、ホームの端(線路側)はたいへん危険ですから、充分に注意しましょう。
 子供たちによっては、停車中の電車の乗務員に手を振りに来る方も少なくありません。あれは安全だし見落とすこともないし、声もかけられるしいいですね。でも、停車中の電車の乗務員には、旅客の乗降を監視する仕事があるので、手を振り返すのが遅れてしまいがちですが、そこはご容赦ください。こちらが応えるまで少し待っていただけると助かります。
 保護者の方に伴われて手を振る場合は、たいへん安全で良いですね。
 ……保護者の方にお願いです。お子たちが乗務員にバイバイすると言われたら、めんどくさがらずに付き合ってあげてください。……乗務員の皆さんに厳命です。お子たちが手を振っていたら、満面の笑みと大きな動作で応えるべし。何を置いても、これが一番大事な仕事です。
 ある時、筆者が運転する電車の乗務員室に添乗してきた助役が、子供に手を振る筆者に忠言をたれるわけですよ、脇見運転がどうのってね。気が小さな筆者は上司に逆らうなんてこと殆どないのですが、この時ばかりは言いましたよ。寝言は布団の中で言え、安全運転のじゃまするなら降りろ。筆者の心はめっちゃブルーになっちまいました、安全運転に支障を来たすほどに。……出世欲ばかりで、血の通った仕事ができない職制に一言。死んでください。

子供たちにもっと手を振ろう

 親子連れの子供たちが、乗務員に手を振るために待ち構えている、そんな光景もよく目にします。電車から降りても立ち去らずに、乗務員の近くにとどまり、手を振る機会を伺っていたりします。乗務員は列車が停車中は旅客の乗降監視の仕事があるので、すぐには子供たちに対応できません。それを心得ているのか、静かに待っていてくださるケースがほとんどです。
 そして乗務員が乗降監視を終え、発車間際の列車から手を振ると、ひじょうに短い時間ではありますが、素敵なコミュニケーションが生まれます。「これからどこに行くんですか?」とか「気をつけてお帰りくださいね」なんて声をかけても、小さな子供たちは返事をせず、ただ笑って手を振り続けるだけです。彼らは乗務員への言葉なんて用意してませんから。それに言葉を交わす充分な時間もありません。
 筆者は可能な限り、大きく手を振り、なるべく声をかけるようにしています。するとその行為に笑い出す保護者の方がけっこういます。でもそれは大変好意的な笑いなので、筆者は大満足です。「よかったねぇ」とか子供に言っている声が遠ざかるホームから聞こえて来ます。
 保護者の中には、こちらが子供たちに手を振り返すと、お礼を言ってくれる方がけっこういます。なんていい人なんだろう、きっと子供たちも良い子に育つでしょう。
 さらに、これはひじょうに少ないケースですが、子供が乗降監視中の乗務員に向かって「車掌(または運転士)さん、ありがとう。お仕事頑張ってください」なんて言ってくれることがあります。少し離れたところで、保護者の方がこちらに軽く会釈されたり。お金を払って乗っているのに、乗務員に礼を言うなんて。その子は感謝の気持ちというものを親から教え込まれているのでしょう。「恐れ入ります。気をつけてお帰りください」思わず目頭が熱くなってしまいます。

 他にも、駅に隣接するビルから、踏み切りから、思いがけないところから子供たちは手を振って来ます。それらにももちろん応えなければなりません。でも、電車にだけ注目している子供は、乗務員にまで気づかないことも少なくありません。しくしく。
 あるいは、大きなお友だち……高校生くらい……が手を振ったり、敬礼をしたり、そんなこともあります。いちおう振り返しますけどね。女子高校生の集団などは、返礼するとキャーとか言ってはねます。ま、なんでも楽しむことは良いことです。ただ、敬礼は動きが小さいので見落とすことが多いです。やっぱ手を振っていただく方がいいです。
 ここで注意が必要なのですが、あまり大きな動作で激しく手を振ると、ホームに進入中の列車に対してそれは緊急停車を促す信号という意味が生じる場合があります。法規的にも停止手信号として明記されています。停止手信号を認めた運転士はただちに列車を停止させなければなりません。電車が非常ブレーキで止まったりすると、場合によっては警察の事情聴取ということになりますから、オーバーアクションにならないように手を振りましょうね。
 旅客と手を振り合う、それはたいへん小さな何の意味もない行為ですが、お互いに心が温まるひじょうに大きなコミュニケーションです。情報を伝達し合うだけがコミュニケーションではありません、機械じゃないんですから。人と人とが係わり合って暮らすって、そういうことなんじゃないかぁ、そんなふうに思うのですよ。

引き込み線の恐怖

 鉄道の駅の中には、プラットホームに接する通常の線路とは別に、引き込み線というのがある場合があります。駅のホームから少し離れたところに列車を収容できるだけの長さの線路が設けてあり、この引き込み線を利用して、列車は上り線から下り線に番線変更したり、庫外留置といって一字的に車両を留め置いたりします。
 電車によっては、終着駅まで運転せずに、途中駅で折り返すことがありますね。その電車は途中駅が終点になるので、旅客はそこで電車を降りなくてはなりません。
 ところが眠っていたり考え事をしていたり、ヘッドフォンプレイヤーで音楽を聴いていたりして、降りるのを忘れている旅客がいます。乗務員が気づけば降ろしてあげられるのですが、ダイヤ上すぐに電車を移動しなければならないことも多く、加えて長大編成になると、車掌と運転士だけでは目が行き届かないこともあります。
 降りそびれた旅客を乗せたままドアを閉め、転線(番線変更)するために電車が引き込み線に入ってしまうなんてことも、なきにしもあらずです。一般の旅客が、電車に乗って引き込み線に入るなんて、なかなか経験できないので、興味がある方は、乗務員から見つかりにくい長大編成の半ば辺りの車両で、こっそりとタヌキ寝入りでもしていると、運が良ければ未体験ゾーンに拉致られます。
 引き込み線に入った電車は、進入したところからポイントを渡って別の線路へと出て行くので、運転士と車掌は乗務位置を交代します。これまで先頭だった車両が最後尾になり、運転台が車掌室になるわけです。乗務員は電車の中を歩いて乗務位置交代するので、この時、引き込み線への進入を果たした旅客は、乗務員に見つかってしまいます。
 べつに叱られたりしませんよ、わざとです、なんて言わないかぎり。でも中には逆ギレする旅客もいます。自分が寝過ごしたことを棚に上げて、なぜ起こさなかった、仕事やる気あんのか、なんてね。だから、鉄道はセルフサービスなんですって。我々乗務員がもっとたくさんサービスしてあげたくても、鉄道会社も国土交通省もそんな考えはさらさらおまへんのです。
 ま、たいていの旅客は知らないところに来てしまった不安からか、すっかり恐縮されて、謝って来られるんですが、なんかとっても気の毒になってしまいます。こちらこそ気づかなくて申し訳ありませんでした、ホームに電車を戻すまで、こままお待ちください、と言うしかありません。
 ある時、途中駅で旅客を降ろした筆者は、誰もいない(はず)の電車を引き込み線に入れるべく、低速で電車を走らせていたんですね。なんか気分がよかったので、アニソン(アニメソングだね)とか歌いながら。筆者はオタクですから。
 そしたらいきなり、乗務員室のドアがけたたましく叩かれたんですね。女子高校生とおぼしきが、半泣きですっかりうろたえてて……。ま、拉致られたのが引き込み線で、拉致ったのが鉄道員だったから良かったものの、じゃなくって。
 電車を停止させてから、乗務員室を出た筆者に、彼女は悲愴な声で「すみません、寝過ごしてしまって」そんなに脅えなくても取って食やしませんて。というより聞いてました? 「はい、おジャ魔女カーニバルですよね。私は、はづきっち萌えです」相変わらずうろたえたまま、彼女は筆者の口ずさんでいたアニソンを見事に看破したのでした。
 うっわ、恥ずっ! 彼女が筆者の同類なのが唯一の救いのような、そうでないような。後日、彼女は家や学校で、キモい運転士が引き込み線で「おジャ魔女ドレミ」歌ってた、なんて吹聴して回ったことでしょう。
 次回は、車掌用マイクを使って絶唱してやる!

引き裂かれた家族

 始発駅の車内で列車の発車を待っているとき、車内がガランとしていると、なんだか貸し切りみたいな気分になって、家族でロングシートに向かい合わせに座ってみたり、よく見かける光景です。
 ロングシートというのは、通勤通学用を重視した都会型の電車によく見られるもので、列車の側面に沿って長いシートが配置され、それに沿って吊り革が天井からぶら下がっています。
 長距離列車のように2人掛けシートが列車の側面に対して垂直に並んでいる(バスなどもそうですね)場合は、背もたれを転換して対座シートを仕立てることができますが、ロングシートで向かい合わせに座ると、通路をはさみますから互いの距離は大きくなってしまいます。
 ロングシートと言えども、車両に乗務員室がある場合は、その分だけシートが短くなり、一部の座席だけ2〜3人掛けの短いものになります。乗務員室に隣接する座席は、通路をはさんで短いシートが向き合うことになり、これが家族や数人の仲間連れに人気があったりします。そのスペースを知り合いだけで独占できるからです。
 しかしながら、車内の混雑状況は刻々と変化するので、快適なコンパートメント状態は多くの場合長くは続きません。せっかく家族で歓談していたのに、いきなり学生の団体とかがワラワラ侵攻してきて、向かい合った座席と座席の間の通路を埋めてしまいます。始発駅を発車するとき、車内が空いていても2駅3駅と停車するうちに混雑して来ることはよくあることです。
 例えば、知人同士4人で向かい合って座ったとしましょう。突然の多客襲来で、4人の対座コミュニケーションが阻まれると、仕方ないのでとなり同士2人ずつの会話が始まります。これはまだ良いでしょう。
 3人だった場合、向こう岸の座席の1人は孤立してしまいます。2人だった場合、お互いに孤立してなんとも味気ない旅行になってしまいます。よくあるんですよね、男女の仲むつまじいカップルが、非情な客の群れに引き裂かれてしまうという状況。引き裂く方は、そんなこと全く存じ得ないわけですから、恋人同士の間にドヤドヤと人垣を作り、団体戦で会話を始めます。列車の騒音に負けないよう大きな声で。哀れな恋人同士はまるで生き別れです。
 家族連れで対座した場合。両親が並んで座り、子供たちだけが向こう岸のシートにってことが少なからずあります。やっぱ子供同士の方が楽しいのでしょうね。そしてそこへ通路を埋める人波の襲来です。子供たちの小さな体は、荒波の向こうへ消え去り影も形もありません。座席に反対座りになって窓の外を眺めていた子供たちの方も、背後の異変にきづいて振り返ると、そこには屈強な体育会系マッスルボーイの厚い壁が。……恐ろしいですね。
 こういう光景は多くの場合、乗務員室前で起こりますから、車掌はしばしば悲劇の目撃者になります。最初は空いていてもどの辺りから混んでくるのか把握している車掌は、もう間もなく悲劇が訪れると知りつつ、手をこまねいて見ているしかありません。大変つらいっす。
 もうすぐ混んでくるから、お子様と一緒に座られた方が良いですよ、なんて声をかけたこともありますよ。でもね、誤解されることが多いんですね、これが。こちらは親切のつもりで言ってるのに、言われた方は、もっと詰めて座れと指示されたように感じるんですね。気持ちを伝えるというのは難しいものです。
 人の波によって引き裂かれた家族が、目的の駅で下車するのがまた大変です。親は人波をかき分けて子供たちのところにたどり着き、靴を履かせたり、いろいろ世話をやかねばなりません。ちゃんと元の場所にいてくれれば良いですが、子供はじっとしていないこともあります。目的の駅が近づいてくるのに子供が見当たらない、まさか勝手に途中で降りてしまったのでは、考えるだけでぞっとしますね。

素晴らしい乗車マナー

 ある時、筆者が車掌をしていますと、若い夫婦が3人の子供を連れて電車に乗って来ました。始発駅で車内は空いていて、乗務員室前の短いシートは、その家族が独占です。夫婦が並んで座り、2人の子供たち(兄と妹)は通路をはさんで向かいのシートを占領しました。もう1人の子はベビーカーの中です。
 最年長のお兄ちゃんでも、まだ幼稚園くらいで、そのお兄ちゃんが大変お行儀が良いんですよ、両親はひじょうに派手な感じなのに。お母さんは茶髪で化粧が濃く、お父さんはよく陽に焼けていてやはり茶髪、金のネックレスとかしています。
 電車が動き出してしばらくすると、妹の方が歩き回り出しました。するとお父さんが、
「○ちゃん、ちゃんと座っておきなさい。ここは○ちゃんの車じゃないんだよ、みんなが乗る電車なんだよ」
 妹ちゃんは、コクリとうなずいて座席に戻りました。すごく教育が行き届いています。
 電車が何度か駅に停まるうちに、少し客が増えて来ましたが、その家族が占める座席の間の通路を埋めつくし、家族を分断してしまうほどではありませんでした。ところが、お父さんはスクッと立ち上がると、2人の子供たちを自分の座っていたところへ移動させ、ご自身はそのまま吊り革につかまって立ったままなのです。
 お父さんは、子供に厳しくするのみならず、自らも乗車マナーの手本を示したわけです。お母さんの方も、子供たちを放ったらかして携帯電話に夢中なんてことはなく、ずっと子供たちの話し相手をしていました。
 そのうち妹ちゃんの方は眠ってしまうと、お兄ちゃんは妹に肩を貸したまま、楽しそうに両親と話したり、ベビーカーの中の赤ちゃんにかまったりしていました。
 モンスターペアレントなんて言葉が出来て、最近の若い親たちがあれこれ批判されますが、それは一部の悪い例に過ぎません。このご両親を見ていてつくづくそう思いました。大勢の子供たちが、両親の温かい愛情に支えられて良い子に育てられています。マスコミのいい加減な情報に惑わされ、若い親たちを一概に悪く言うのは間違いです。
 その家族が目的の駅で降りるとき、筆者はありがとうの気持ちをタップリこめて子供たちに手を降りましたのです。

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