タイトル

■旅客への苦情■

 この章では鉄道員の旅客に対する苦情を並べ立てます。現場ではありえないことですが、ここでは筆者が一番えらいのでそれも可なのです。心ない身勝手な乗客の横暴にムカつきながらも笑顔で接客しなければならない可哀相な鉄道員の皆さん(筆者自身を含め)は、本章を大いに楽しんで「そうだそうだ」などと歓喜するがいい。そして、乗客の皆さんは、心にやましいところがあるならば、深く反省し次からはお行儀よく公共交通機関を利用されるがよろし。
 とは申しましても、非常識な旅客はほんの一部です。大多数の旅客はマナーを守り、快適な車内および駅環境作りにご協力いただいているのです。でなければ、鉄道が安全に運行できるわけがありません。ただ、非常識な人間というのは目立つんですよね。そのごく一部の悪客のために、多くのルールが作られ、マナー向上を呼びかけるポスターやアナウンスが設けられているわけです。
 現場のクルーはみんな判っているんですよ、皆さんいい人ばかりです。いい人過ぎるくらいです。判っていないのはむしろ鉄道会社の方です。客はバカばかりだ、などと会社は本気で考えているんじゃないのか、不条理なルールや告知類を見ているとそんな気がします。いちばんマナーがなってないのは、鉄道会社そのものかもしれませんね。

なんでも聞くなよ

 乗客の中には鉄道員を生き地獄じゃなかった生き字引みたいに思っておられる方がいる。とくに年配のご婦人にその傾向が顕著だ。そして、分かりませんとこたえると、「わからないって、どういうことですか!」と怒りだす。怖い。きっぱり言って怖い。
 コンピュータじゃないんだから、スーパーの定休日だの特売日だの知るわけがない。靴下の安い店など知りたくもない。ステーキ肉の安い店など、ちょっと知りたいぞ。

「スーパーのタイムサービス行きたいだけど、今から間に合うかなぁ」
「さぁ、ここではなんとも……」

「市役所って何時まで開いてます?」
「5時くらいじゃないですか」
「くらいって、そんないいかげんな」
「申し訳ありません」
「ちゃんと勉強しといてくださいよ、プロなんだから」
「恐れ入ります」

「明日は入社式なんだが、そういうのってどこで揃うかなぁ」
「………?」意味が分からん。

「〇×公園のポピーはもう咲いてるかなぁ」
「咲いてますとも。満開です」
 ポピーってなんだ。(心のつぶやき)
「そうかいな、しゃあ、公演の入場券ここで売ってくれへんかなぁ」
 サイフ開けてるし。
「ちょっと、あんたら。ここで入場券売ってくれるって」
「イヤです!」
「売ってくれへんの!」
「売りません」……って言うか、ふつう売らんやろ。
「なんや、それ。ここの駅員あかんわ」
「あかんで結構です」ちなみに車掌は駅員ではない。

 他にも、買ってきた荷物を預かってくれとか、バイクのヘルメット預かれとか、傘を自転車置き場に忘れたから見てきてくれとか、質問だけならまだしも、ご依頼も多くていらっしゃる。お断りすると、どこそこのスーパーでは預かってくれたのに、なんてことになる。スーパーではお預かりサービスがあるのかもしれないが。いや、聞いたことないぞ、そんなサービス。……あなた方は、スーパーでも無理難題つきつけてるのか!

駆け込み乗車の危険性

 発車まぎわの電車に駆け込んだことのない人は、ひじょうに少ないのではないでしょうか。せっかちな日本人としては仕方ないですね。
 ところが、この行為は実はたいへん大きな危険を孕んでいます。8両編成の列車の場合、車掌は1度に24枚のドアを監視し操作するわけで、かつまた駅のホームは障害物や旅客で混んでいて、なかなか万全の監視ができません。先頭車両まで150メートル以上もありますしね。そんな状況で、車掌は約20秒の停車時間でドアの開閉を行なうわけです。
 たまたま車掌の盲点となるような位置から、駆け込み乗車があった場合、気づかずにドアを閉めてしまうことが、ない方が不思議だと思いませんか?
 駆け込み乗車はしないで下さいと、鉄道各社は放送等で訴えていますが、それでも間に合いそうなら、つい駆け込んでしまいますよね。絶対にするなとは申しません。ただ、ドアが閉まり始めたらあきらめて下さい。
 閉まり始めたドアに手や傘などを突っ込む人がよくいますが、はさんだままドアが閉まって列車が発車したらどうなるか、説明するまでもないですね。引きずられて怪我をするのは本人だけとは限りません。ホームにいる人が、引きずられている人と接触するとどうなるか、想像しただけでも恐ろしいです。また、傘や杖を突っ込んだ場合、本人は手を放せば危険から逃れられますが、ホーム上の他の旅客が大きな危険にさらされます。
 駆け込み乗車は危険行為なので、それで死傷者が出ても保険は降りませんよ。つまらないことで人生が狂ってしまいます。

 たまたま車掌が駆け込みを見つけた場合、危険を回避するためにドアを開けますが、いつもそうとは限りません。目の前で非情に閉められてしまうことも少なくないですね。これはいじわるで閉めているわけではありません。ドアが閉まり始めると、車内の多くの人がドアにもたれようとします。その時に急にドアが開くと、ドア付近の大勢の人が、車外へ向けて転倒したり、戸袋に手や持ち物をはさんで怪我をする危険に瀕するわけです。
 電車は待って乗るものです。電車を待たせてはいけません。公共交通機関はそんなVIPな乗り物ではありません。だから目の前でドアが閉まっても、悪いのはあなたであって車掌ではありません。
 ドアを閉められて、車掌に罵声を浴びせたり、傘などで電車を叩いたりしてはいけません。駆け込み乗車を拒否された旅客が逆ギレして、車掌に暴力をふるう事件がたびたび発生しますが、車掌は走行する列車から顔を出して出発監視をしているわけで、止まっている状態で殴られるのとはわけがちがいます。場合によっては大きな怪我を負うことになりますし、殴る方もダメージを受けたり、転倒して他の旅客を巻き込んだりしかねません。巻き込まれた他の旅客が、加速してゆく列車と接触したら……。
 こうしたバカな真似をする奴は、意外にも中高年の男性に多かったりします。社会の模範になるべき者が何をやってるんですか、恥を知りましょう。
 どんなに保安設備や監視業務が充実しても、無謀な行為によって事故は発生してしまいます。電車は安全に乗りましょうね。

正しい駆け込み乗車の仕方

 駆け込み乗車でも、余裕があれば車掌がドアを閉めずに待っていてくれることがあります。ダイヤにゆとりがあれば、少しの発車の遅れは問題にならないので、車掌は待ってくれます。ただ、いつも待つとは限らないので、閉められたらあきらめましょう。この前は待ってくれたのに、なんていう考えは身勝手です。
 場合によっては、待っていられないこともあります。その電車が少し遅れるだけで、後続列車に影響を与え、それがさらにあとの電車を遅らせというふうに、雪だるま式に遅れが大きくなってゆくような場合もあり、ひとりの駆け込み乗車を待ったせいで、大勢の旅客の次の乗り換えに影響が出てしまったりします。大勢の不利益を考えると、ひとりの駆け込みを犠牲にしなければならないこともあるわけで、車掌としてはつらいところです。
 駆け込み乗車に気づかずにドアを閉めてしまうことも少なくありません。車掌はドアが安全に閉まることに注意を集中していますし、ホームの喧騒で、駆け込んでくる人の足音を聞き逃しがちです。ですから、車掌がこちらを向いていない場合には、でっかい声を張り上げましょう。それで車掌が気づいて、かつダイヤにゆとりがある場合は、ドアを閉めずに待ってくれるでしょう。でっかい声を出すなど恥ずかしくて無理というなら、次の電車にしましょう。そもそも駆け込み乗車そのものが、恥ずかしい行為なのですから。旅の恥はナントカってやつですよ。

 車掌がこちらを向いて、待っていてくれることが判る場合もありますね。その時は可能な限り急いで(しかも転ばないよう注意ぶかく)乗るようにしましょう。待っているのは車掌だけではありません。大勢の旅客があなたひとりを待っているわけです。とくに冷暖房を使用する季節は早くドアを閉めてほしいですしね。
 車掌が待っていると分かった途端にわざとゆっくり歩く人もいますが、そんなことしてもかっこよくないです。公共の場では謙虚にお行儀よく、それがかっこいい人のステータス・シンボルです。
 電車を待たせていたのに「よかったぁ、間に合った」と叫ぶ人もいます。間に合ってませんから。電車を待たせた時は、車掌に対して「すみません」とか「ありがとう」とか言いましょう。これは車掌に言っているというより、待ってくれている大勢の旅客に対して謝辞を述べているわけです。駆け込み乗車は目立つ行為なので、大勢の人が観ています。あなたの「すみません」の一言は、車掌のみならず、観ている大勢の人にとっても気持ちのいいものです。

間違った駆け込み乗車

 駆け込み乗車による弊害は大きな問題なので、何度もしつこく書きますよ。とにかく駆け込み乗車はしてはならない行為であり、やらないのが乗車マナーの常識であると理解しましょう。そして原則を理解したうえで、時には電車を待たせてしまうこともあって、その時はなるべく急いで乗りましょう。
 中には体が不自由で、ゆっくりとしか歩けない人もいますが、車掌は待つと判断したらちゃんと待ってくれるので、乗りたいという意思表示をはっきりとして下さい。

 ひどい乗車マナーでよくあるのが、団体さん駆け込みです。先に来た者がドアを持って、あとから来る仲間を乗せようとするわけです。ダメですよ、こういうことは。
「今、友だちがキップ買ってるから待ってぇ」なんてムチャなこと言うのもダメです。電車はタクシーじゃありません。ドアを閉めると、「待ってくれてもいいやん!」なんて睨みますが、お連れのお子さんが見ていますからね。

「おい! 待たんか、こらあ」おっさんが叫びながら走って来ます。心優しい筆者は(車掌をしてましたよ)、おっさん様をお待ち申しあげましたね。ちょっと酔ってるらしく、いちおう走ってくれてるんだけど、なかなか電車までたどり着きません。(遅いんじゃ、うらぁ)心の叫び。で、ようやくたどり着くとですね、持ってた携帯電話を落とすわけですよ。
 (もう、なにやってるかね、この子は)心のつぶやき。携帯を拾うのがまたグズいんですよね、これが。
 「早くしないと、出発しますよ」これは声に出して。「うるせぇ、待つのが仕事やろ」どんな仕事や。ドア閉めるぞ……。おっさんが携帯を拾うべく、身を屈めたとき、その拍子に足が一歩前に出たんですね。で、そのつま先で携帯をコツンと蹴ったわけ。おっさんの携帯は気持ち良くコーンとか飛んでですね、そのまま線路に落ちていったとさ。
 筆者は迷わず「乗降よし」と、バカでかい声を張り上げ、ビシッとドアを閉めましたのじゃ。
 「おらぁ、われ待たんかぁ、殺すぞ。携帯どうすんねん!」という声が遠ざかって行き、電車がホームを離れる時に振り返ると、おちゃめにのたくり回っている おっさんの姿が、なかなか可愛いかったです。
 ここまで来るとマナー違反というより漫才なので、おもろくてイイですよね。どうせバカやるならこれくらいやってもらいたいです。
 ただ、携帯電話を拾うために、おっさんが線路に飛び降りると大変なので、列車無線で運転指令に連絡しましたけどね。

赤ちゃん置き去り事件

 若い女性客が、えらい剣幕で乗務員室(車掌台)に向かって来ました。どうしたのかと思えば、ベビーカーに乗せた乳幼児をホームに置き去りにしたというのです。大変なことです。
 状況はこうでした。前の駅で降りようとして、先にベビーカーをホームに降ろしてから車内に戻り、子供の服とかをたたんでいたらドアが閉まって列車が発車してしまったというんですね。
 「まだ降りてないのに、ドアを閉めるなんて信じられない! 仕事やる気あるの?」と彼女はすごく怒ってます。「どうするつもりなんですか」
 筆者は、返事もせずに乗務員室のドアを閉めると、列車無線で運転指令に連絡し、ホーム上のベビーカーの保護を依頼しました。ベビーカーにはご存知のように車輪が付いているので、風か何かで転がり出しそのまま線路に転落したら、乗っている乳幼児は命の危険にさらされます。
 さいわい赤ちゃんは無事でしたが、最悪の事態を考えると生きた心地もしませんでした。
 運転指令とのやりとりを終えると、筆者は乗務員室のドアを開け、そのブチキレてるお母さんに逆に説教を始めましたよ。「車掌が悪いとかそんなことはどうでもいい。怪我するのはあなたの子供です。母親なら子供の命を守って下さい。悪いのは車掌だからといっても、取り返しのつかないことになったら子供は帰って来ませんよ。扉が閉まります、と言ったら急いで子供のところへ行って下さい。たとえあなたがドアに挟まれても、子供を守って下さい」
 ベビーカーをホーム出しておけば、自分が車内にもどって持ち物の整理をしていても、車掌はドアを閉めないだろう、そんな考えは間違っています。身勝手が過ぎます。何よりも、そのベビーカーが車掌から見えているとは限らないのです。ホームには障害物もあれば旅客もいる、ホーム自体がカーブしていて死角ができていたりもします。
 列車も長い編成になると、それだけホーム上の死角がたくさんできます。それでは危険だということで、編成両数が増えるのに応じて、ホーム監視係が配置されるようになったのですが、今の鉄道会社は営利最優先で安全は顧みないので、監視係をことごとく合理化つまり廃止してしまいました。そろそろ旅客も慣れたから自分の安全くらい自分で守るだろうというわけです。車掌がマイクで「扉が閉まります」といえば大丈夫、運転士にもホームを見させれば大丈夫。そういう考えです。
 今の鉄道は、切符を買うのも改札を通るのもすべてセルフサービスで、ついでにセルフサービスで身の安全も守っていただかないといけません。旅客が負傷する事件が発生すると、会社は当該乗務員を処分して責任をとったことにしますが、それで負傷者の怪我が治るわけではありません。
 電車はその利便性と裏腹にひじょうに危険な乗り物であることを念頭に置いて、注意深く利用されることをお願いする次第です。

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