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安全に対する責任

 公共交通機関を運営する企業は、旅客の生命財産の安全を守る義務があります。これは企業の営利よりも優先されなければならず、企業に利益がもたらされるためには、まず安全が保たれることが絶対条件になります。当たり前のことですね。交通機関でなくても、製造会社でも食品会社でも、製品の品質が安全を脅かすようなことは絶対にあってはなりません。
 これまで日本の企業における安全と衛生はひじょうに高い水準で維持され、諸外国からも信頼されて来ました。ところが、食の安全や、公共交通機関の安全神話は、過去の幻となろうとしています。
 JALの旅客機が墜落し、JRの列車が脱線し多くの犠牲者を出し、その破壊と犠牲の規模は、世界的に見ても極めて大きなものでした。そして事故の背景には、企業の安全を顧みない営利至上主義の存在がありました。
 これまでも交通機関というものは事故と無縁ではありませんでしたが、事故が起きる度にその原因が調査され、事故原因が究明されて、安全維持のためのノウハウとして蓄積されて来たのです。ですから、安全保安システムも人的な安全水準も歴史と共に向上して来ました。
 ところが、最近の企業は利益のためには安全を犠牲にしてもかまわないと考えているようです。安全を維持するために必要な人件費を削って、それを投資家に対する配当や企業景気維持に回す、会社を維持するためにはそうするしかない、そう考えているのです。

 国もまったく同じ姿勢で、企業に対する安全の責任は追求しません。企業の不正や不当な雇用状況については見て見ぬふりをし、安全保安システムの充実や職員に対する教育の徹底のみを指導します。
 安全保安システムつまりATSだとか踏切安全装置といった機械にお金をかけることは、企業は拒みません。企業間でお金を使い合うことは、企業景気維持に欠かせないことで、そのためには銀行から多額の借金をします。銀行は企業にお金を貸し続けることで経営を維持しています。投資家に株券を発行しそれに対して配当し続けるのも同じことですね。

 企業はこのように、システムの充実ということで安全の責任を果たしているので、あとは現場の責任、そこで働く従業員の責任、ご立派な装置を着けて作業の安全をバックアップし、労力を軽減してやっているのにミスをすることは許さん、というわけです。
 ですから、旅客が怪我をすれば乗務員を罰する、怪我をしなくても"ひやり"とするようなことがあれば乗務員を罰する。それで企業は安全に対する責任をとったことになります。何かあったら乗務員を脅しつける、脅しつけると心の余裕をなくしてまたミスをする。また脅す。自信をなくした乗務員は、監督職の説得に応じて職場を退く。欠員はアルバイトで補い、浮いた人件費でまた企業景気維持にお金が使えるというわけです。
 国土交通省は、JR福知山線の脱線事故以降、乗務員のミスをそそるような過剰な指導やペナルティを課すことは止めなさいと口では言っていますが、企業の実態を把握しようとはしませんし、乗務員がどんどん辞めさせられて、1人当たりの運転距離が大きくなることについては問題なしという態度です。削減された人員がさらにアルバイトに置き換えられることもOKです。
 国は、乗務員に対する圧力は良くないと言いながら、視力検査をより厳しくしろ、飲酒検査を徹底しろ、居眠り防止のため無呼吸症候群を見つけ出し治療を義務づけろと、乗務員に対する圧力を強化しています。
 筆者は酒を飲まないので、飲む人の事情を推し量るのは難しいのですが、合理化に次ぐ合理化で勤務時間が長くなると、酔いを覚ます時間もない、そんなことを聞いたことがあります。
 あるいは、無呼吸症候群と診断されない多くの乗務員が、乗務中に激しい睡魔に襲われています。勤務の長時間化で緊張を維持することがどんどん難しくなるからです。無呼吸症候群の診断を受け、毎月治療費を負担させられている乗務員も治療効果を実感している人は多くありません。治療効果があっても、乗務時間が長時間に及べば睡魔は訪れます、スーパーマンじゃないのですから。

 安全保安装置さえ付ければ企業は安全に対する責任を果たしたことになる。JR福知山線の脱線事故でも、事故現場に列車の速度を抑制する装置を取り付けてそれでおおむね問題は解決されました。人的ミスを誘発するような乗務員への圧力や、過労を強いる雇用形態についてはほとんど指摘されず、時間と共に世論が風化してゆくのを待っている状況です。
 風化を待つと同時に、適性検査の強化等で個人の資質の追求を強化し、個人の責任追及を強化し、不適格者を排除して行き、それで安全向上に努めていると豪語しているわけです。
 不適格者の排除とはすなわち、会社にとって煙たい人員の排除であり、労働運動の無力化であります。そして欠員を補うのは、経験浅薄で立場の弱いアルバイト職員、あるいは監督職の名目をいただいた乗務助役いわゆる世間で言うところの名ばかり管理職というわけです。
 過去から連綿と続いて来た、安全を守るための文化は、寸断された人間関係によって潰えようとしています。

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