タイトル

■労働者が築く社会■

 平成の世は働く者にとってひじょうに厳しい時代になりましたね。企業は利益を労働者に還元しようとせず、儲けたお金は投資家に配当したり、企業拡大に使ったりしてばかり。多くの生産会社はグローバリズムの名のもとに多国籍企業と化し、市場や労働力を海外に求め、国内は放ったらかし。経済成長を遂げた企業でさえ、先行き不安を理由に労働者の賃金を抑える、収益が伸び悩んだ途端に賃金カット、リストラ、解雇。とくに若い人たちは、厳しい就職難の中ようやく就職できても充分な賃金はもらえない。
 少子化と高齢化が社会問題になっていますが、若い人たちは結婚して子供を育てるのに充分な収入がありません。高齢者の社会保障をしようにも、国は労働者から税収入が見込めない。
 企業はものを作っても売れない。若い人たちはみんな節約モードです。企業がむかしのように社員に充分な還元をしたら、若い人たちは結婚して家や車を買う、子供をもうけて育てる。家や車が売れて、学校も儲かる。国は税収入が増えて福祉を充実させることができる。
 不況というのは、世の中からお金がなくなってしまった状態ではありません。お金はあるのに回っていないのです。お金があるところにばかりにお金が集まり、そこから動かない状態が不況なのです。困ったものですね。お金が回らないことには社会はまともに運営できません。
 では、それは誰の責任ですか? お金を貯め込んで回さない欲張り資本家のせいですか? 利益を社員に還元せずに投資家へ配当してしまう企業のせいですか? 資本家ばかりを優遇する政治家が悪いのでしょうか?
 我々労働者には、責任はないのでしょうか。なんでも政治家や資本家のせいにして、愚痴を言っているだけの労働者には何も責任はないのでしょうか。
 ほとんどの労働者は自分たちが無力で、社会を動かす力は何もないと思っているようですが、はたしてそうなのでしょうか。
 国の人工の圧倒的多数を占める労働者は、じつはたいへん大きな力を持っています。古来より社会をリードしてきたのは、民衆の力なのです。そのことを我々が忘却している限り、世の中は良くなりません。アリンコだってあんなに小さいのに、素晴らしい団結力で壮大な地下帝国築き、キノコを育てたりチョウの幼虫を飼育したりしています。労働者が団結したら、大きな力を産むはずです。

 この章では労働運動の話しをしますよ。
 我々労働者は、会社に雇われ会社から賃金をもらっています。会社あっての我々なのですが、その逆もしかりです。労働者あっての会社です。労働者たるもの、真面目に働いてきちんと納税するだけでは怠慢です。
 賃金や労働条件は会社からもらっていると思われがちですが、会社は我々労働者が生産を上げるおかげで収益を得て、社員にも賃金を支払うことができるのです。労働者は自分たちの生産性に応じた賃金と労働条件を要求する権利があるし、それだけの働きをしているのです。していなければ会社は運営できていませんから。
 賃金や労働条件は会社からもらっていると思われがちですが、労働者が要求しなければ会社は何もくれたりしません。労働運動推進派の人たちは、賃金と労働条件は闘って勝ち取るものであるとよく言います。ずいぶん過激な表現に聞こえますが、まさにそのとおりで、労働者が何も要求しなければ、労働運動が弱体化すれば、企業はどんどん賃金カットとリストラを推し進めます。
 会社が経営難になったら、それこそまともな賃金ももらえないから、経営が苦しい時は社員も我慢しなければならない、そんなことを言う労働者も少なくありませんが、それは労働運動といった煩わしいことから逃げたい、会社にゴマをすって自分だけおいしい思いがしたい、そんな目先だけを見た安直な考えです。
 大企業で人件費のために倒産した会社はありません。倒産の原因は経営側の腐敗や判断ミスです。ですから大企業の労働者が、会社をかばって労働運動を否定するのは間違いです。

 民主国家において労使は対等です。経営者は経営に関する決定権や人事権を持ち、会社役員や職制は、ひとりの人間が大きな権限を持ちます。一方、労働者はひとりひとりの権限は小さいですが、会社の構成人員の大半を占め、団結力によって、団体交渉権やスト権といった、たいへん大きな力を発揮することができます。経営者や職制は経営の役割を担い、労働者は生産を上げる役割を担います。双方それぞれに企業に欠くことのできない役割を担う、対等の立場なのです。多くの場合、社長といえども我々と同じく会社に雇われた人材であり、会社の所有者ではありませんよね。
 そして労働運動を盛り上げることは、働く者に発言権を与え、パワハラを退け、明るく風通しの良い職場作りにもたいへん重要なことです。そのことは作業の安全を向上させ、公共交通機関にあっては、旅客に提供する輸送の安全を向上させることに直結しています。賃金や労働条件の要求と共に安全を守るための闘いでもあるのです。

 労働者は、目先の欲や怠慢によって労働運動を否定するべきではありません。会社の経営を心配するふりをしたところで、経営には何も責任を持てないでしょ?
 労働者は、時代の最先端に立って社会をリードする自覚とプライドを持たねばなりません。これから入社してくる後輩たちのために、未来を担う子供たちのために、努力し続けなければなりません。それが世話になった会社や社会への恩返しでもあるのです。

 とは言え、どう闘えばよいのか、自分が何をすれば良いのか、なにが出来るのか、こんなご時世ですから、よく解りませんよね。それに仕事だけでも疲れるのに、そのうえ労働運動なんて考えただけで憂鬱になりますよね。筆者だって、さんざんご立派なこと述べて来たものの、運動のために自分の時間をつぶすのは嬉しくありません。趣味や遊びに時間を費やす方が楽しいです。
 労働運動は、ダイエットや健康管理と同じで、頑張り過ぎて長続きしないやり方ではダメです。苦しいダイエットは長続きしないし、一気に頑張ってもリバウンドしてしまう。自分の時間の多くを犠牲にし、趣味や遊びを我慢してまで労働運動に専念するようなやり方は長続きしないし、結果も出せません。
 自分の生活を犠牲にすることなく、楽して成果を上げられるような、そんな労働運動について、これから考えて行きましょう。


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